· 

咲き始めるとき

花屋さんで、このクルクマに魅かれ、

我が家に来てもらいました。

心を整えたくて。

 

先日、父の意識がなくなったと連絡があり、

なんとか一命を取り留めたのですが、

 

直前に連日お見舞いに行っていた私としては、

父をこの状況に置いている病院に対して疑問点が多すぎて、

そこに何か手を打つことができない、不甲斐なさに押しつぶされそうで。

母の考え方や言葉にも、イライラと悲しさが募って。

 

でも、もう、さすがにこれほど苦しんでいる父を

ほうっておけないと、

明日こそはと思い、その翌朝、

先に迎えた命の危機。

 

様々な感情が駆け巡り、

自分の心を整えるのに、

 

花を買ってみたのでした。

セルフセラピーをするために。

 

この子は、クルクマ・シャローム。

 

花びらのように見えているピンクの部分は、

実は、花ではなく<ガク>なのだそうです。

 

その下に、よく見ると、小さな花が咲いています。

 

これが、本当のクルクマの花。

 

上からのぞき込むと、これから咲きそうな蕾も、

いくつかあるのです。

 

ガクとは、本来、一番外側にあって、花弁をかこむ部分。

 

 

私たちを育て、かこってくれていた存在。

花の土台となる部分。

 

クルクマは、そのガクが、花のように存在している。

 

そのガクが、`’私`’のポジションにいる。

 

 

でも、花のように咲いているガクの下に、

ちゃんと小さな本当の花が咲きはじめています。

 

本当の私という花。

 

今、自分を苦しめている感情こそが、

大事なヒント。

登るべき一段。

 

父という存在。

母という存在。

そして、私。

 

この運命を引き受けてくれている父と母に、

感謝しつつ。

 

 

自分と思って咲いている花は、本当に私なのか、

私の中心に、私を置いているのか、

私が咲かせていくものは何なのか、

 

父とクルクマが、再度考える時間をくれている気がします。

 

咲かせている自分は、

ガクではなく、花ですか?

 

ちなみに、クルクマの花言葉は、「忍耐」です。